概要
中国には長い科学技術の蓄積があった。では、なぜ近代科学はそこで生まれなかったのか。
この物語について
『中国の科学と文明』(ジョゼフ・ニーダム、1954年〜、日本語版1974年〜)は、一人の生化学者が始めて、いまも続いている。本人の死後も研究所が刊行を続け、27冊を超えた。
出発点は驚きだった。ケンブリッジで生化学を教えていた著者のもとに、中国から留学生が来る。中国語を学び、戦時中の中国を旅して、彼は膨大な事実に行き当たった。紙、印刷、火薬、羅針盤。それだけではない。鋳鉄、鐙、船の隔壁、機械時計の脱進機、天然痘の人痘接種。ヨーロッパより数百年早いものが、次々に出てくる。
そこから、有名な問いが生まれた。それだけの蓄積がありながら、なぜ近代科学は中国ではなくヨーロッパで生まれたのか。本人は官僚制と、自然を法則として捉える考え方の違いに理由を探した。答えは決まっていない。「ニーダムの問い」として、いまも議論が続いている。
この物語は、本が扱った技術と発明を並べ直したものになる。本文は写していない。
この年表にある『大分岐』は、問いの立て方そのものを変えて答えようとしている。中国が遅れたのではなく、1800年まで差は無かった、という筋になる。
動画(2)
重なっているストーリー
同じできごとや人物を含む物語です。何件を共有しているかを添えました。
中国の王朝6件を共有 / 殷から清まで3000年。王朝は替わっても、同じ型で替わり続けた。技術と産業5件を共有 / 道具が人を変え、その人がまた道具を作った。速さが加速していく話。確かめるという方法4件を共有 / 偉い人がそう言ったから、をやめた話。誰が最初かは、思っているほどはっきりしない。『世界史』(マクニール)で読む歴史4件を共有 / 文明どうしが接触し、借り、競い合うことで歴史が動く。世界を一つの物語として書いた最初の教科書。交易路とお金3件を共有 / 運ぶ/両替する/貸す。人と物が動くところには、いつも同じ仕組みが生えてくる。宗教改革と科学革命2件を共有 / 教会が独占していた「何が正しいか」の答えが、聖書と観測に明け渡されるまで。『サピエンス全史』で読む歴史2件を共有 / ハラリが人類史を三つの革命で切った本。その筋に沿って、このデータベースの項目を並べ直す。『銃・病原菌・鉄』で読む歴史2件を共有 / なぜ征服したのがスペイン人で、されたのがインカだったのか。ダイアモンドは答えを人ではなく大陸の形に求めた。『国家はなぜ衰退するのか』で読む歴史2件を共有 / 国境をひとつ挟んで豊かさが違うのは、地理でも文化でもなく制度のせいだ、という本。2024年のノーベル経済学賞の元になった。『リオリエント』で読む世界経済2件を共有 / 1800年まで、世界経済の中心はアジアだった。ヨーロッパは、その列に遅れて並んだ客にすぎない。三国志1件を共有 / 400年続いた漢が壊れ、三つに割れ、そしてまた一つに戻るまでの約100年。大航海時代1件を共有 / 海が壁ではなく道になった。二つの大陸が結ばれ、世界がひとつの市場になっていく。朝鮮半島1件を共有 / 大陸と島国のあいだで、独自の文字と技術を育てた1300年。感染症と人類1件を共有 / 人が動くほど病も動いた。文明の広がりと感染の広がりは、同じ地図の上にある。探検と発見1件を共有 / 地平線の向こうに何があるかを、確かめに行った人たちの記録。考えることの歴史1件を共有 / 同じ数百年のあいだに、ギリシアでも中国でもインドでも、人が根本から考え直した。表現の歴史1件を共有 / 書いた人、描いた人、作った人。政治と戦争のあいだに、ずっと別の営みがあった。『繁栄』で読む歴史1件を共有 / 人類が豊かになったのは交換のおかげで、悲観する理由はいつも外れてきた、という本。反論側も付けてある。『ヨーロッパ覇権以前』で読む13世紀1件を共有 / 1250年から1350年まで、世界はすでに一つにつながっていた。ただし中心はヨーロッパではなかった。筋(12)
年代順に並べてあります。役どころが書いてあるものは、なぜこの物語に含まれるかを添えました。
太初暦できごと / BC104年 / 天文と暦蔡倫の製紙法できごと / AD105年 / 紙『傷寒論』できごと / AD200年頃 / 医学宋国 / AD960年 – AD1279年景徳鎮の磁器できごと / 1004年 / 陶磁と、それを支えた化学の知識宋の活字と羅針盤できごと / AD1040年頃 / 活字と羅針盤明国 / AD1368年 – AD1644年鄭和の南海遠征できごと / 1405年 / 造船と航海『天球の回転について』できごと / AD1543年 / ニーダムの問いの、向こう側『プリンキピア』できごと / AD1687年ジョゼフ・ニーダム人物 / AD1900年12月9日 – AD1995年3月24日 / 著者『中国の科学と文明』の刊行できごと / AD1954年 / 本そのもの